史上最強の猛虎③~栄光の日本一(6回以降)~

前半5回を終えて阪神が6-0とリード。
しかし、相手は昨年の王者・オリックスバファローズー
両チームとも先発投手が降板し、ここからは自慢のリリーフ陣の勝負です!!

 阪神は6回から伊藤将投手が登板。
レギュラーシーズンでは甲子園で無敵の強さを誇るも、
第3戦では日本シリーズの緊張感からか自らのエラーもあり敗戦投手に

やられたまま日本シリーズを終えるわけにはいきません!!
第3戦のリベンジを果たすべく、快投を披露し、
オリックス打線を封じ込めます!!


第3戦ではできなかった好フィールディングでピッチャーゴロをさばいてダブルプレイに仕留めたシーンが印象的でした(^^ゞ

 対するオリックスも甲子園で打たれた宇田川投手、山崎颯投手らが踏ん張り、追加点を許しません。

” 日本一になりたい ” ” やり返したい ” という思いは相手も同じです。


互いの意地と意地がぶつかる最終決戦は遂に9回へー


 追加点がほしい阪神…
ここでスーパールーキー・森下選手がやってくれました!

日本シリーズ新人最多打点の記録を更新する7打点目のタイムリー!!

1年目のシーズンでありながら、近本選手の離脱中は1番打者、そして後半は3番打者としてもはやチームに欠かせない選手になりました
彼が入団していなければ今年の快進撃はなかったことでしょう…
頼りになる新人の活躍で7-0とリードを広げます!!

 38年ぶりの日本一まであと3アウトー

甲子園では、リーグ戦同様アノ曲でチームを鼓舞しますー



阪神ファン、そして、亡き戦友・横田選手にエールを送られてマウンドに上がるのは…桐敷投手

考えてみれば、阪神タイガースの歴史の中で日本一までの3アウトを一人で取った日本人投手はいません
ただでさえ緊張感が漂うこの場面を継投で乗り切ることを岡田監督は決断されました。
勝つために最も有効な手段を選択するー
最後まで抜かりはないですね。

先頭の紅林選手にヒットを許すも
続く4番・森選手をダブルプレイに切って落としました!!
エラーがきっかけだったとは言え、同点に追いつかれてしまった第4戦のリベンジを見事に果たしました!!

38年間ファンが夢に見続けた瞬間まであと1アウト…

こんな場面を任せられる投手は…
もうこの人しかいません!!

守護神・岩崎優…

昨年も今年も開幕当初のポジションは違いました
ですが、シーズン途中に予定から狂ってしまった方程式を常に救ってくれたのは岩崎投手でした。
当初は慣れないポジションということもあり、打たれる場面もありましたが、今となっては押しも押されぬトラの守護神です。

選手・スタッフ・ファンの夢を左腕に乗せ、
最後の1アウトを取りに行きます!!


 しかし、相手は ” ディフェンディングチャンピオン ” オリックスバファローズです。

このまま引き下がるわけがありません。


頓宮選手の意地の一発、続くロドリゲス選手のヒットで反撃ー

 今、チームが挑んでいることは38年間達成できなかった偉業です。

簡単にできるはずがありません!


全員で一丸となり、最後のゴールへと向かうタイガース…
迎えるは ” ラオウ ” 杉本選手
岩崎投手の渾身の1球をフルスイングー
大飛球がレフトへー
バックアップに走る近本選手とぶつかりそうになるも捕球体制に入ったノイジー選手のグラブにボールが入ったその瞬間

歓喜の輪がマウンドに広がりました!!!




阪神タイガース、

38年ぶりの日本一達成!!!



喜びを爆発させたのは京セラドーム大阪のファンやチームだけでなく、聖地で声援を送り続けたファンも同様です。



 自分が見始めた頃、阪神は暗黒時代の真っ只中でした。
周りから馬鹿にされる時があっても、いつの日か優勝することを夢見て応援し続け、2003年にその夢は叶いました
しかし、その時も日本一にはあと一歩届きませんでした…

2005年にもJFKを擁して日本シリーズに進出
するも、当時はパ・リーグしかクライマックスシリーズをしておらず、日程面の圧倒的不利な状況からロッテに手も足も出ずに4連敗…

正直、日本シリーズに進出することが恐くなりました

ただ、そんな気持ちを変えてくれたチームがあります。
2013年の東北楽天ゴールデンイーグルスです。
巨人に対して全力で立ち向かい、田中将大の伝説の投球から星野監督初の日本一を達成する姿を見て自分の気持ちは変わりました

” やっぱり好きなチームが日本一になるための真剣勝負を応援したい ” ー


そんな気持ちが出てきてからかチームは翌2014年にはクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズに進出

” どんな結果になろうが最後まで応援する ” ー

結果としてソフトバンクの細川捕手に研究されて敗れてしまいましたがここまで戻ってこれたことへの充実感もありました。

その後、金本監督・矢野監督により新戦力が発掘され
” 帰ってきた勝負師 ” 岡田監督が再び就任。

3人の師弟関係によって作り上げられたチームが遂にファンの夢を叶えてくれました!!



 自分はずっと考えていたことがあります。

” 日本一になったらどんな景色が広がってるんだろう ” ー

ですが、いざなってみると想像していたものよりも普通な感じがします

昔、SASUKEで完全制覇をされた漁師の長野さんが直後のインタビューでこう話していました。

「ロープを登り終えて完全制覇した後のゴールにはどんなものが待っているだろうかと思っていましたが、ここには何もありませんでした
何かあるとしたら、それはゴールにあるのではなくて完全制覇を目指して仲間と切磋琢磨してきたこの道の途中にありましたね。」ー

 2023年に日本一を達成できましたが、今年のチームが完成するまでに38年にも渡って阪神を支えてきたたくさんの選手・監督・コーチ…
そんな皆さんの努力が実ったからこその日本一です。

本当にありがとうございました。

 あと、今だからこそ言えるのが…
やっぱりオリックスは強かったですね(^^ゞ
今回は杉本選手・頓宮選手・紅林選手・山崎颯投手といった主力がケガをしながら臨んだシリーズです。
もしも彼らのコンディションが万全だったら結果は変わっていたことでしょう。
2005年に合併球団として誕生した当初は選手会の要望を無視してオーナー側が作ったチームとして自分の周りでも正直、敬遠する人がいました。
ですが、そこから若手を育成し、戦力を整えて今ではパ・リーグを3連覇したチームになりました。
こんなに強力なチームが日本一を奪還するべく、来季はより強力なチームになっていく…
考えただけでもぞっとしますね。(^^ゞ



 38年ぶりの日本一を達成し、これからは追われるチームです
しかし、阪神はこれからまだまだのびしろがたくさんあるチームです
これからも挑戦者として向かっていきます。
そして自分もファンとしてこれからもずっと応援していきます!!(^_^)/

日本一おめでとうございます☆

夢を叶えていただき、ありがとうございました。(*^_^*)



舞台裏まで見てると選手も人間なんだということがよく分かります。
表に出しませんが、相当なプレッシャーとの戦いでしたね。
皆さん、お疲れさまでしたm(_ _)m



以上、恐らく史上最長文章で3回に渡り語った日本シリーズでした(^^ゞ

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史上最高の猛虎②~伏兵の一撃(1回から5回)~

日本シリーズ第7戦
勝った方が頂点に立つ大事な1戦の先発は宮城投手青柳投手
青柳投手は昨年までの2年間に阪神のエースとして最多勝も受賞していましたが、今季は不調で二軍生活が続いていました
しかし、フェニックスリーグも視察していた岡田監督は日本シリーズの出場選手に登録
最終決戦に間に合ってくれました。(^^)

 オリックスはこういう大事な1戦で登板するのはエース・山本由伸投手
たしかに宮城投手には第2戦でやられましたが、こういう大一番の先発経験は少ないです
対して青柳投手は開幕投手も務め、阪神タイガースの大事な1戦をエースとして数々の快投で救ってくれました

まず、こちらに分があるとすればまずこの部分だと思います

加えて青柳投手のような変則投手はパ・リーグに少なく、オリックスもほとんど対戦していません
第7戦でなければ左打者を並べることもできたでしょうが、日本一が決まる最終戦にそんな今までやっていないギャンブルのような打線は組めません。

『第7戦まで青柳投手を温存していたこと』ー

それが岡田監督の今季最後の秘策だったのかもしれません。

 両投手注目の立ち上がり…

1回表 
阪神は近本選手のヒットを足がかりに2アウト二塁のチャンス
大山選手の放つ鋭い打球ー
しかし、サード宗選手のファインプレー
あと一歩のところでした。(T_T)
しかし第6戦のオリックスの初回と同じ流れの攻撃です
必ず流れはくるー
そういう予感もする攻撃でした。

1回裏 
青柳投手が打たれるときは初回に失点する場合がほとんどです
大事な試合を制するためにも是が非でも無失点で終わらないといけません。
宗選手にヒットを打たれるも最後は4番森選手をファーストゴロに打ち取りオリックス打線を抑えます

相手にゴロを打たせる…
調子の良いときの青柳投手の投球です(^^)

第2戦同様に阪神打線を抑える宮城投手
対して今季初対戦となるオリックス打線を持ち前の投球術で翻弄する青柳投手
特に初回に好調な紅林選手から見逃し三振を奪ったインコースのスライダーは腰を引いて避けようとするぐらい、
全く軌道について行けていないものでした。

両投手の快投が続く、日本一を決めるにふさわしい投手戦…

そんな中、試合は突然動きます!!

4回表 
1アウトから森下選手のヒット、大山選手のデッドボールで1,2塁ー

ここで飛び出した、ノイジー選手の先制スリーランホームラン!!!



前日には山本由伸からまさかの(?)ホームランを打ったノイジー選手。
試合後に色々な解説者の方のYouTubeを見ると、ノイジー選手の右方向に打つ意識、そして、宮城投手の投じたチェンジアップが偶然インコースに食い込んできたこと色々な要因が組み合わさった値千金の一撃だったようです。

この一撃で盛り上がる阪神ファン。
それは京セラドーム大阪のレフトスタンドだけでなく、
PVが行われている聖地も同様でした。



 更に勢いに乗る阪神打線は続く5回裏にチャンスを作るも、
中野選手のダブルプレーでチェンジ…
かと思いきやリクエストでセーフ
ここでオリックスは、この後右打者が続くこと一度ベンチに戻りかけて気持ちが切れたこと宮城投手がマウンドから降り、第4戦で好リリーフをした比嘉投手をマウンドに送ります。

しかし、今の阪神打線を止めることはできません!!
森下・大山・ノイジーの3者連続タイムリーで6-0とリードを広げます。

その裏のオリックスもチャンスを作り、打席は好調・宗選手
リードを広げたものの、ここで点を取られれば一気に流れを変えられてしまう可能性もある…

ここで阪神も先発青柳投手から島本投手に交代
これまで何度もチームのピンチを救ってきた島本選手…
その期待に応え、宗選手を打ち取り、無失点で切り抜けます!!
ちなみに江川さん曰く、ここが分岐点になったそうです。



38年ぶりの日本一に向けて進む阪神タイガース…
しかし、相手はパ・リーグを3連覇したオリックスです。
どこで流れが変わり、一気にひっくり返されるか分かりません。

ここまでほぼ互角の戦いを繰り広げてきた
” 59年ぶりの関西ダービー ”…

果たしてその結末は?


※長くなったので今回はこの辺りで。次回こそは終わらせます。m(_ _)m

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史上最強の猛虎①~さあいこう!バモス!!(第7戦開始前)~

1985年ー阪神タイガースが球団史上初の日本一に輝いたこの年、2歳だった自分にはもちろん記憶がありません
その後、暗黒時代へと突入してしまったチームでしたが、
1992年に奇跡の優勝争い
クラス中の男子が応援しており、自分も野球を知るようになり、興味を持った自分は両親に野球観戦に連れて行ってもらうようになりました…

その後も相変わらずの ” 暗黒時代 ”
開幕前の順位予想ではどの解説者も最下位・阪神と予想
また野球ゲームでも1チームだけ極端に能力が低く設定されていました…

そんなチームを名将・野村克也が種をまき、闘将・星野仙一により花開いたチームは18年ぶりの優勝を達成ー
しかし、ダイエーとの日本シリーズでは一歩及ばず3勝4敗で敗退…
その後も優勝することはあれど ” 日本一 ” には及ばず、気がつけば優勝からも18年遠のくようになりました…

 迎えた2023年
18年ぶりに復帰した岡田監督によりチームは独走
セ・リーグを制した勢いのままにCSも勝ち上がり、
9年ぶりの日本シリーズに進出
相手は…昨年の覇者・オリックスバファローズー

絶対エース・山本由伸を打ち崩した第1戦ー
宮城投手に押さえ込まれた第2戦ー
甲子園に舞台を移し、あと一歩のところまで追い上げるも敗れた第3戦ー
湯浅の1球、大山の意地のサヨナラタイムリーで接戦を制した第4戦ー
自らのエラーを取り返す森下の逆転タイムリー3塁打で王手をかけた第5戦ー

甲子園での第5戦を終えて3勝2敗…

ここまでの景色は20年前に見たことがあります
ですが、この先の景色はまだみたことがありませんー

舞台を再び京セラドーム大阪に移した第6戦ー
” 日本一のエース ” 山本由伸の格の違いを見せつける完投勝利で3勝3敗のタイにー

 今から思えば、山本由伸から2勝しようとするのはとんでもなく難易度の高いことでした…(^^ゞ
ただ、20年前の記憶があるので最終戦の前に決めたかったというのが本音です。

11/5(日)
応援する側なのですが、朝から緊張していました(^^)
サンデーモーニングで中畑清さんから「昨日の無双状態の山本由伸に対してもチャンスは作っていた。この好調な打線があれば、今日は阪神が勝つだろうと予想します。」と話されたのを聞いて気持ちが少し楽になりました。

 また、かつての選手がSNSを通してチームに対してエールを送ってくれるのをこちらも心強く感じました。(*^_^*)
マートン、1年しか所属していなかったボーア…そして戦力外通告を受けたばかり高山選手も同期の青柳投手に対してエールを送ってくれました。

 試合開始前…これから戦うはずの両軍選手ですが、お互いに談笑しながら交流しているニュース
たしかに試合が始まると倒すべく戦いますが、それまでは侍JAPANでも交流し、切磋琢磨する仲間です
お互い健闘を称える姿に微笑ましくなりました(^^)

 そして18時30分…
遂に運命の1戦が幕を開けましたー




※過去最高レベルの長文になる可能性がありますので、急遽ですが、次回に続かせていただきますm(_ _)m

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AREのARE

1992年ー暗黒時代のチームが優勝争いを繰り広げ、クラス中の男子が応援。
それがきっかけで自分も野球を見始め、そのチームを応援するようになりました…

しかし、優勝争いをしたのはそのシーズンのみで、翌年より再び最下位争いー

そんなチームを再生するために名将・野村克也を三顧の礼で迎え、チームに種をまき
闘将・星野仙一で花開いたチームは18年ぶりにリーグを制覇
しかし、日本一にはあと一歩のところで届かず、その後も手に届かない日々が続きました…

 そして応援し始めてから31年後の今年ー
生まれて初めてこの一言を言わせていただきます!

阪神タイガース

日本一!!!!!





おめでとうございます☆(^_^)/
そして、ありがとうございました(T_T)

※詳細は近日更新予定『史上最強の猛虎』で(^^ゞ

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栄光の架橋

この時の予告通り、長文更新させていただきますm(_ _)m

 9/14(木)朝礼にて…

「本日のお知らせです。
阪神タイガースが遂に優勝へのマジックナンバーを1にしました。本日の試合で ” 巨人に勝つ ” もしくは ” 広島カープが負ける ” と18年ぶりの優勝が決まります!皆様、応援の程ヨロシクお願いします!!」




この日まで阪神関連のことを言うのをずっと我慢していたので、これぐらいはどうか勘弁してください(^^ゞ

 迎えた巨人との試合ー
この日が終われば舞台はマツダスタジアムに変わるため、甲子園で決めるにはこの日の試合で勝つしかありません
思えば18年前の2005年も優勝を決めたのは甲子園での巨人戦でした。
更に2003年の優勝は9月15日の甲子園…
9月に入ってからこの日まで負け無しの10連勝ー
まるで運命に導かれたような1戦
果たして結末は?

 阪神の先発は才木投手
入団2年目には先発・救援で活躍するも右肘ケガの影響で一時期は育成契約も経験した苦労人です。
対する巨人は赤星投手
阪神戦は今季初登板こういう大事な試合で対戦経験の少ない相手は正直、不気味で恐いです。

 試合は両投手の好投による静かな立ち上がり。
チャンスを作るも5回まで0-0で試合が進みます。

 迎えた6回裏ー
1アウト一,三塁で飛び出した
4番大山選手の先制犠牲フライ!!

2017年のドラフト会議ー
阪神には注目投手を指名できるチャンスが残っていたものの1位指名に選んだのは当時無名の大山選手
悲鳴にも似た声が会場にこだましました…
一部マスコミにも「最低のドラフト」と評価され、大山選手は同期入団の選手たちに謝罪の電話をして回ったそうです

入団後に金本監督から積極的に起用され続けた大山選手ですが、経験の浅さからチャンスでなかなか打てず、また、鳥谷選手が守っていたサードを譲られたこともあって成績の物足りなさからヤジを飛ばされることも多くありました…
自分も正直、結果が出ていないのに優遇されている時期に応援しなかったこともあります

ただ、そんな大山選手も経験を積み、今では誰もが認める阪神の4番バッターです。
スラッガーの後輩も増えて頼れる先輩となった大山選手の一撃がチームを優勝へと進ませます。

更に続く5番佐藤選手のツーランホームラン!!

2020年のドラフト会議で競合の末に抽選で阪神に入団した佐藤選手
好不調の波があるものの、規格外のパワーでこれまで何度もチームを救ってくれました。
右手一本で放った一撃はこれから経験を積んで日本を代表するバッターになってくれることを期待させる一発でした。

 その後、両チームが1点ずつ取り、4-1で迎えた8回表。
阪神は継投に入ります。
思えば暗黒時代、阪神の監督に就任していただいた野村監督がまず立て直したのは中継ぎ投手陣でした
「阪神といえば ” 投手力 ” と言われるチームにしたい」ー
成績こそ最下位でしたが、1点差勝利が増え、数年後に始まる第1次岡田政権のJFKへと繋がりましたー

そんな救援投手陣のリーダー格とも言える岩貞投手が登板。
しかし、巨人にも意地があります。
大城選手のタイムリーで1点を返しなおも続くピンチー
ですが、リリーフした石井投手・島本投手が抑え、
阪神の救援陣全体の力で凌ぎます


 迎えた9回表ー
18年ぶりの優勝への最後の関門ー
この舞台を任せられるのは…
もうこの人しかいません!!


守護神・岩崎優ー

2021年に絶対的守護神・スアレスのメジャー移籍以降、なかなか当初の構想通りにストッパーが決まらない中チームを救ってきたのは岩崎投手でした。
もし彼がいなかったら…そう思ったら恐くてたまりません…

そんな岩崎投手がこの大事な場面で選んだ登場曲は今は亡き同期の愛したこの曲でした。



ゆずの『栄光の架橋』ー
今年亡くなられた横田慎太郎選手の登場曲です
2016年『超変革』を掲げる生まれ変わったチームの開幕スタメンを勝ち取り、身体能力の高さから将来を期待されるも大病を患い、育成契約から無念の引退…
闘病に専念するも志半ばでこの世を去られましたー
今年行われた追悼試合では大山選手のホームランで逆転し、岩貞投手・岩崎投手の同期リレーで勝利を捧げました。
この大事な場面も横田選手と共に戦います!!

この事実に気づいた阪神ファンー
まるでゆずのコンサートであるかのように思わせる球場全体での大合唱ー
18年ぶりの ” アレ ” に向けて全員一丸で向かいます!!

しかし…相手は巨人です。
たとえ今季は調子が上がらなくとも目の前で胴上げされる訳にはいかないー
そんな意地の反撃が阪神を苦しめます。

1アウトから坂本選手のホームランで1点差。
更に秋広選手のフェス直撃の二塁打1打同点のピンチー
YouTubeのコメントであったのですが…センターを守り続けた横田選手がきっと秋広選手の大飛球をフェンス直撃に止めてくれたことでしょう。

なおも続く1アウト2塁のピンチで梶谷選手の放つ一,二塁間の鋭い打球ー
しかし、中野選手のファインプレー!!

岡田監督の就任時、まず手を着けたのはショートのレギュラーだった中野選手のセカンドへのコンバートです。
当初は賛否両論あったものの、結果として優勝の懸かった大事な場面でこのコンバートがチームを救ってくれました。

なおも続く2アウト三塁のピンチー
迎えるバッターは北村選手
この場面では長打よりもシングルヒットを1本打つ確率の高いバッターの方が恐いです…

優勝への最後の難関ー
チームの命運を託されて投げる岩崎投手。
それを鼓舞する阪神ファンの「あと1人」コールー
このヤマを超えることを信じてベンチに集まる選手たちー
その中には背番号24の横田選手のユニフォームがー

1ボール1ストライクから投じた高めの直球



力の無い打球が上がったセカンド上空…
落下地点に入った中野選手…

そのグラブで打球を掴んだ瞬間、
歓喜に沸く甲子園!!




遂に遂に阪神タイガースが18年ぶりの優勝を果たしました!!
おめでとうございます!!!(^_^)/

自分はBSでこの試合を拝見していました。
元々は西武ーソフトバンクの中継だったのを急遽、二元中継に変更していただいた試合です。
テレビ朝日、そして球団の関係者の皆様、本当にありがとうございました。m(_ _)m

優勝の瞬間まではセカンドの中野選手に対して「落ち着け!落ち着け!」と言っていたり、捕った瞬間に「よっしゃーー!」と叫んだんですが…
それからは何も言えなかったですね。
ただただ感慨にふけっていました。

優勝が目前に迫った時に2005年からここまでの18年間でチームを支えてくれた選手のことを考えました。
マートン、ブラゼル、上本、俊介、オスンファン、スアレス…
優勝には届かなかったものの、彼らの活躍が今のチームの礎を築いてくれたと言っても過言ではありません
今は離れてもチームの優勝をSNSで祝福してくれました。
本当にありがとうございました。

あと、ネット時代になって色々と気づいた方が発信されていて嬉しかったこともあります。

最後に北村選手が打ち上げた時、誰もが打球を見ていた中、キャッチャーの坂本選手が万が一落球した時に備えて冷静に三塁ランナーにミスがないかをチェックしていたようです
正捕手に指名された梅野選手がいる中、腐らずに技術を磨き、梅野選手がケガで離脱した際に見事にチームを救ってくれました。
彼がいなければ今季の優勝はなかったことでしょう。

また、9回の大合唱の中、敵である巨人の川相コーチが横田選手に哀悼の意を表してか脱帽してコーチャーズBOXから離れていたそうです



矢野監督時代に臨時コーチとして春のキャンプで指導していただきました。
本当にたくさんの方々のおかげで今季チームが優勝できたのだと改めて実感しました。
改めてありがとうございました。m(_ _)m

 リーグ優勝を果たしましたが、CS、日本シリーズと戦いはまだまだ続きます
これからも応援し続け、ファンとしてチームと共に戦い続けます!!!(^_^)/

 翌日の朝礼…

「本日の連絡です。
昨日の試合で阪神タイガースが巨人を4-3で下し、遂に遂に18年ぶりの優勝を果たしました☆拍手~~!!!👏」





アレの次のソレがあれば ” 万歳三唱 ” をしましょうかね?!(^^ゞ

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ARE

とりあえず…
一言だけ…

優勝じゃー!!



ブログを書き始めてから十数年…
やっとこの一言を書くことができました(T_T)

※誰がなんと言おうが、後日長文更新いたします。m(_ _)m

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ノウミサン、アイシテル

阪神タイガース、そして、オリックスバファローズで活躍された
能見篤史投手が現役を引退されました。

 能見投手は、鳥取城北高校、大阪ガスを経て2005年に阪神タイガースに入団。
ルーキーながらも開幕1軍を勝ち取ります
特に翌年の2006年にはウィリアムスがケガで出遅れた影響で開幕当初は左のセットアッパーとして登板。
救援失敗することもありましたが、交流戦で前年の日本シリーズでやられたロッテに対して当時の岡田監督が普段は使わない左のワンポイントとして登板し、見事に抑えた姿は今でも覚えています。

 それからは先発と中継ぎを繰り返しながらの起用でしたが、2009年頃に遂に覚醒
先発の柱として特に巨人戦で強さを発揮し、8連勝という球団タイ記録もマーク
2011年からは開幕投手を務め、日本代表にも選ばれて、まさに
” 阪神のエース ” として活躍してくれました。

その後も先発ローテーションの一角を担うも、徐々に敗戦も増え、チーム事情も重なり、
2018年からは本格的に中継ぎに配置転換
経験豊富なベテランとして阪神のブルペンになくてはならない存在となりました。

 しかし、2020年に新型コロナウィルスの影響で開幕が延期したことも影響し、調子が上がらずにシーズン終盤に球団から戦力外通告を受けてしまいます。
この年はどの球団もベテラン選手が特に調整に苦戦していた印象があります
チーム自体も若手を積極的に起用する時期ではありましたが、個人的には功労者の福留さんや能見さんに対しての厳しい判断は時期尚早だと思いました。
強いチームってベテランと若手が上手く融合しているチームだと思いますので、
もしどちらかが翌シーズンも残っていたら…と今でも思っています。

シーズン最終戦-
8回裏に自身と同じく大阪ガスから阪神に入団した後輩・近本選手のタイムリーで1-0とリードし、
迎えた9回表ー
球場を埋め尽くした阪神ファンが待ち続けたピッチャーがマウンドに上がりました!



最後は磨き続けたストレートで空振り三振!
阪神投手の歴代最年長セーブで16年に渡る阪神での生活を終えました。

 阪神からの自由契約を待ってすぐに獲得に動いたのは
オリックスバファローズでした。
若手選手の戦力は揃っており、優勝候補に挙げられながらも、それを活かしきれずに最下位に甘んじていたチームからの ” 選手兼コーチ ” というオファーを受け入れ、新天地へと移ります。

口数が多いほうではない能見投手ですが、
若手投手にたくさんのアドバイスを送ります
特に山本由伸投手はこの年のパリーグの投手タイトルをほぼ総ナメにし、東京五輪でも日本のエースとなるまで覚醒しました。
また能見投手自身も抑えに起用される時期もあったり、前年にロッテに移籍された鳥谷さんとの対戦を経験したり戦力として貢献し、
オリックスバファローズは合併後初(オリックスブルーウェーブ時代以来25年ぶり)の優勝を飾りました。

 そして迎えた2022年-
” 自分自身の成績よりも指導した若手の活躍の方が嬉しくなった ” ということから現役を退くことを決意
引退会見では山本・宮城・山岡といった教え子がサプライズで現れ、花束を贈る一幕もあり、選手から慕われた能見さんの人柄を感じました。

チームもパリーグ2連覇を達成!
その勢いのまま進出した日本シリーズでは前年に敗れたヤクルトとの対戦
能見投手の登板はありませんでしたが
代わりに教え子の中継ぎ投手陣が奮闘。
序盤の劣勢の雰囲気を変え、
悲願の日本一を達成します!


教え子たちに最高の花道で見送られ能見さんは18年の現役生活に幕を下ろしましたー

 能見さんの名場面は本当に色々あるんですが、自分が一番に思い出したのはマートンとのお立ち台ですね。

能見さんが投げていた試合でマートンの緩慢な守備により失点
試合後に詰めかけた報道陣に対して感情的になったマートン「能見さんが嫌いだから相手に点をあげた」 とブラックジョーク。
これがちょっとした騒動になったのですが、もちろん、この発言が本心ではなく、その後の2013年に共にお立ち台に上がった際には…


微笑ましい光景でしたね(^^ゞ

投手コーチとしてもここで区切りをつけて来季は外から野球を見るそうです。
支えてくれた家族への感謝の気持ちがそう決断させたのかもしれませんね。
いつかまたタテジマのユニフォームを着てたくさんの若手投手を育ててほしいです。

ファンだけではなくて、チームメイトからも慕われた、頼りになる大エースでした。

18年間、お疲れさまでした。
美しい投球フォームを忘れません!

さて…書きたかった野球ネタも一通りは書き終えました
もうすっかりシーズンオフですね…
んっ⁈(´・ω・)
ということは…
先生、出番です!(^^ゞ

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唸るスイング

阪神タイガース中日ドラゴンズで活躍された福留孝介選手が現役引退を発表されました。
敵としても味方としても本当に印象的な選手だっただけに寂しいです。

 高校時代は名門PL学園の中心打者として甲子園で活躍した福留選手は、
1995年のドラフトで近鉄バッファローズから指名されるも
意中の球団ではないとのことから指名を拒否し、
社会人野球の日本生命に進みます。

 そして迎えた1998年のドラフトで中日ドラゴンズを逆指名
入団した翌年から徐々に力をつけ、2002年には首位打者を獲得
この年は巨人の松井秀喜選手が三冠王を獲る勢いをみせていたのですが、結果的にこの福留選手の活躍がその夢を阻止しました。

その後、落合監督が就任したドラゴンズは黄金期を迎え
2004年と2006年にはリーグ優勝、そしてCSを勝ち上がった2007年には53年ぶりの日本一に輝きます。
中日ドラゴンズの中心選手として貢献した福留選手は2007年オフにFA宣言でメジャー挑戦を表明します。

 5年間に渡るメジャー挑戦を経て2013年に日本球界に復帰した福留選手は、
同時期にメジャーから戻ってきた西岡剛選手と共に新天地として阪神タイガースに入団
若手選手に対して 「みんな真面目すぎるな」 と感想を言われていたのを覚えています。

阪神入団後はケガや不調のために2軍で再調整をする時期はあったものの、その勝負強さは健在
復帰した日本球界にも慣れたのか、阪神タイガースには欠かせない選手となりました。

 2017年からは球団史上最年長のチームキャプテンに就任
その存在感でチームを支える存在となりました。

 しかし、徐々に年齢の影響からか休養する試合も増えて、2020年には極度の打撃不振から出場機会が減少
コロナの影響で調整が難しい1年ではあったものの、同年オフには阪神タイガースを退団。
翌シーズンからは中日ドラゴンズ復帰となりました。

 中日ドラゴンズへの復帰は、戦力としてはもちろんですが、若手の多いチームにとってコーチのような役割も期待されていたように感じました。
レギュラーとして出場する時期はあったものの、今年の交流戦終了後には打撃不振から出場選手登録を抹消。
現役引退を決意されました…。

 阪神の選手として活躍して頂いた時期もありましたが、自分としては中日ドラゴンズの主力として痛いところで打たれた印象が強いですね。
2004年からの落合ドラゴンズは本当に脅威でした。
ただそれだけに阪神に入団してもらった時は心強い存在でしたね
打撃・守備はもちろんのこと、その経験と存在感がチームの雰囲気にいい影響を与えてくれました
だからこそ思ってしまうのは、昨年、もし福留選手がチームに残ってくれていたら優勝できたかもしれないということです。
終盤のヤクルトとのデッドヒートの時、自分が不安に思っていたのは 「優勝争いを知っている経験豊富なベテラン選手の不在」 でした。
もし、経験豊富な福留選手がチームの雰囲気を引き締めてくれていたら… と今でも思っています。

 福留選手の活躍は本当にたくさんありましたが、自分が一番印象に残っているのは第1回WBCの準決勝・韓国戦です。

相手は予選で二度敗れてしまい、日本としてはもう負けることが許されない宿敵・韓国
大会を通して打撃不振からこの試合はスタメンを外れてしまった福留選手ー
試合は0-0で膠着したまま迎えた7回表に日本に訪れた1アウト2塁のチャンスー
この場面で王監督が指名した切り札は…代打・福留!!
日本中からの願いを乗せた打席…
思いのこもった実況の叫びー

「生き返れ!福留!!」ー



全ての思いを乗せた打球はスタンドに飛び込む、決勝ホームラン!!
ここまで苦しめられ続けた宿敵・韓国を下します!!

この勢いのまま迎えた決勝でキューバを下した日本代表はWBC初代王者に輝きました!!

本当に味方になれば心強い存在だと、この時から思いました(^^)

唸るスイング
切り裂くアーチ
吠えろ孝介
勝負を決めろ!
かっとばせ!福留!!

敵としても味方としてもたくさんの思い出を残してくれた福留選手、
本当にお疲れさまでした。

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さあ君がヒーローだ!

2022年のシーズンが始まってしまいましたが…
とりあえず昨シーズンをもって引退された方からこの方だけはどうしても書きたいので書かせて頂きます。m(_ _)m

阪神タイガース・千葉ロッテマリーンズで活躍された鳥谷敬選手が現役を引退されました。

2003年、阪神タイガースはセ・リーグを優勝した星野監督が健康上の理由で退任されて岡田監督が就任されていました。
そんな生まれ変わったチームにドラフト会議の自由獲得枠(今のドラフト1位)で指名したのが鳥谷選手でした。
複数の球団が獲得を目指していましたが、そんな中から阪神を選んで頂きました。

当時の正遊撃手は藤本敦士選手でしたが、岡田監督は今後のチームのことを考えて鳥谷選手を開幕スタメンに抜擢
その後、一度は藤本選手の意地でショートのレギュラーを明け渡しますが、シーズン後半には逆に奪い返します。

そして迎えた2005年は不動の『2番ショート』として開幕からレギュラーで出場
岡田監督は肩の強さを考えて藤本選手をセカンドにコンバート
” 赤星―鳥谷 ” の1・2番コンビで何度もチャンスを作ってくれ、また、藤本選手は関本選手と右・左のピッチャーに応じて併用され双方のいいところを活かしたチームは落合監督が率いる中日ドラゴンズとの激闘を制し見事にセ・リーグ優勝を果たしました。
優勝の行方を決めたナゴヤドームでの決戦で「今日は監督の差で負けました。」と落合監督に言わせたことを今でも覚えています。

その後、阪神タイガースの中心選手に定着していった鳥谷選手は、2010年からは赤星選手の現役引退に伴い、選手会長に就任
後にキャプテンへと変わり、名実ともに阪神を支える選手へと成長していきました。

しかし、2016年―新監督に就任した金本監督の方針で肉体改造、打撃フォーム改造を決行。
正直に言うと、ここまでの実績を捨てさせるこの方針に自分は反対でした。
昔、横浜ベイスターズの3番バッターだった鈴木尚選手が4番になるためにチーム方針で同じことをしていたのですが、結果が伴わずに以前のフォームに戻したことがあります。
イチロー選手も昔のインタビューで「筋トレをしっかりして肉体改造をした時期もあったが、肉体が変わるとそれまでのスイングも変わってしまって結果が出なくなってしまった。そこから自分のベスト体重になるように戻したらスイングスピードも上がって結果が出るようになった。」と話されていました。
ベテランになっても活躍する選手には自分なりの調整法があります。
当時の全選手が同じ練習をするチーム方針には自分は不安を覚えました。
事実、それまで中心選手だったベテラン選手はこの年に軒並み調子を落としています。

この影響があったのかもしれません。
守備でもそれまででは考えられなかったエラーも増え、また、フルイニング出場も止まってしまいました。

翌2017年にはサードとして活躍。
意地でレギュラーを奪い、ゴールデングラブ賞を獲得しました。

しかし、チームは若手を使う方針で大山選手を翌年にサードで起用。
鳥谷選手は再びセカンドにコンバートされてしまいます。
そして連続試合出場もストップ。
当時のチームはファンから見てもチグハグなところを感じました
走塁ミスファンとの衝突もあり、チームは最下位
監督は2軍を率いていた矢野監督に交代となりました…

2019年は主に代打や代走での出場。
ただ、たまにスタメンで出ていた試合では若手の内野陣に経験を教えているような雰囲気があり、これが今の鳥谷選手の役割だと思い、自分も嬉しかったです。
ですが、チームからは戦力外通告―
一時は引退の危機を迎えますが、その経験を若手に教える役目を期待し、井口監督の率いる千葉ロッテマリーンズが獲得します。

ロッテに移籍してからは、あまり見る機会は減りましたが、それでも若手選手の多いロッテで自らのプレイを通して教える姿は印象的でした。
2021年に交流戦で甲子園で戦ったとき、阪神ファンも鳥谷選手を応援していました。
例えチームは変わってもかっこいい鳥谷選手はファンからの憧れでした。

そして2021年シーズン終了後、遂に現役引退を表明しました…

 正直に言うと、
阪神退団時の球団対応に自分は納得していません
鳥谷選手はユニフォームを脱ぐタイミングを自分で選べる数少ない選手だったと思います。
昨年のクライマックスシリーズで解説中に中野選手がエラーをした時
「僕が守っている時は阪神園芸さんに相談して自分が守りやすいように整備してもらっていた」
と話されました。
もし鳥谷さんが生涯阪神にいてくれたら、こういう経験を若手選手にきちんと伝えてくれていたでしょう
また藤川球児さんが解説で指摘されていたのですが、昨年からの阪神の課題「ピンチの時に守備陣を落ち着かせる存在」だそうです。
鳥谷さんが担っていた役割だったと思います。
今となっては結果論でしたが、若手に切り替える方針の時にベテランの経験を上手く引き継げていないこと年からのあと一歩届かないことに繋がっている気がします

 阪神時代に鋭い打撃・選球眼・守備・走塁・統率力でチームに貢献してくれた鳥谷さんですが、
個人的に印象に残っている活躍を1つだけ選ぶとすれば、
このブログで何度も触れていますが2013年WBCの台湾戦です。

9回1点負けている場面で2死一塁
絶体絶命の場面でランナーの鳥谷選手が
起死回生の盗塁を成功!
直後に井端選手の値千金のタイムリーで同点に追いついた
日本は激闘を制しました!!

この時にリアルタイムで見ていて
「見たか!これがオレたちのキャプテンだ!!」
と誇らしく思いました。
結果的にメジャーリーグでの活躍はできませんでしたが、その分、世界に対して日本代表の救世主としての大きな活躍をしてくれました。

 将来、鳥谷選手は阪神のコーチ・監督にきっとなってくれる存在だと思います。
それだけに球団は今度こそ大切に育ててほしいなと思います



夢乗せて羽ばたけよ
鋭いスイング見せてくれ
さあ君がヒーローだ
鳥谷敬

18年間、お疲れさまでした。
本当にありがとうございました。m(_ _)m

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猛虎の嵐

昨シーズンをもって引退された選手から一人、
上本博紀選手を紹介させていただきます。m(_ _)m

 上本選手は広陵高校、早稲田大学主将を務め、
2008年のドラフト会議で阪神タイガースに入団します。

小柄な体格ながらもパンチ力のある打撃を活かし
また、守備固めや代走として2010年から出場機会が増え、
2012年にはそれまでの主力メンバーの不調もあり、シーズン途中から1番セカンドとして、現・横浜の大和選手とのコンビが定着しました。
翌年からは西岡選手の加入もあり、出場機会は減少
しかし、2014年には西岡選手がケガで離脱し、
空いてしまったセカンドのスタメンを奪い返します。
チームの中心メンバーだった西岡選手の離脱で心配になりましたが、上本選手のおかげでチームはクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズにも進出することができました。

また、上本選手は2014年から4年間、
阪神タイガースの選手会長としてチームをまとめ、
プレイだけでなく、そのキャプテンシーでもチームの中心として活躍してくれました

しかし、小柄ながらもガッツ溢れるプレイを繰り返したことにより
ケガも多く、度々、戦列を離れることもあり、
徐々に出場機会も減少・・・

そして昨シーズンの終盤に阪神タイガースから戦力外通告を受け、他球団への移籍を模索するも2020年のシーズンをもって現役引退を決意されました・・・

 チームが苦境に陥った時には常に救ってくれるイメージがありました。
時にはスタメンで活躍し、また、時には ” スーパーサブ ” 的な存在で大事な場面での代走や守備固め・・・
本当にたくさんのファンから愛されて、 ” ケガさえなければ ” ーと思ってしまう選手でした。

 また、自分の中でどうしても忘れられない思い出があります。
2011年7月1日。
倉敷マスカットスタジアムでの横浜戦ー

途中出場の上本選手は、
その打席でプロ初ホームランを放ちました!



もちろん・・・自分はその試合をライトスタンドで見てました!!(^^)
たまたま隣に座っていた、初めて会うファンのお兄さんとメガホンを打ち合って喜んだのを今でも覚えています。(^_^)/
(当時の応援スタイルがそうでした。)

 それだけ思い入れのある上本選手が引退されるのは寂しいですが、
来季からは「タイガースアカデミー ベースボールスクール」の専属コーチとなります。
上本選手のような選手をこれからどんどん育ててほしいです。(^_^)/

OHーOHー博紀!
上本博紀!
猛虎の嵐よ今こそ
吹き荒れろー!!

12年間お疲れ様でした。
ありがとうございました。m(_ _)m

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