走れ!走れ!赤星!!
全身全霊を込めて書かせていただきます。
阪神タイガースの赤星憲広選手が現役引退を表明しました。
赤星選手は、アマチュア時代の2000年春―。シドニー五輪日本代表候補選手として、阪神のキャンプに参加します。
その姿を見た野村監督が彼の足にほれ込み、スカウト全員の反対を押し切り、ドラフトで指名。今でも 「僕がプロの世界に来れたのは野村監督のおかげです。」 と敬愛しています。
入団以来、阪神の中心選手として、2003年、2005年のリーグ優勝に貢献。また、近年は阪神の選手会長として、チームを支えてくれました。
赤星選手の魅力は何と言っても、その足の速さです。
2003年の日本シリーズ、赤星選手が塁に出ると、甲子園全体から”走れ!走れ!赤星!!”の大合唱―
解説の方が 「えっ?!これはランナーの応援をしているんですか?!!」 と驚かれたことを今でも覚えています。
恐らく、こういうランナーの応援が始まったのは赤星選手からではないでしょうか?
阪神の応援に行ったときも、赤星選手の盗塁、そして、足を活かした内野安打に興奮しました。
また、入団当初は懸念されていた打撃でもシャープなものを見せてくれました。
何と言っても、2003年のリーグ優勝を決めた打席―
同点の9回裏、前のバッター沖原選手が敬遠で満塁。
星野監督の 「野手が前に来ている。思い切り打って、あの頭の上を越えてやれ!」 というアドバイスを耳打ちされ、初球―
外野手の頭上を越え、サヨナラタイムリー!!
甲子園は興奮のるつぼと化しました。
自分が印象に残っているのは、2004年―当時、不調にあえでいた赤星選手。
自分も色々と嫌な事が重なり、特にその日はボロボロでした。
阪神もVS巨人戦でリードを守れずに1点負けた状態で迎えた最後の攻撃。
チャンスで迎えた赤星選手の打席…
この時に打った”逆転サヨナラタイムリー三塁打”―自分は絶対に忘れません。
赤星選手の人間性も、”盗塁1つにつき、車イスを贈呈する”など素晴らしいものがあります。
昔、探偵ナイトスクープで小学生から『最後の試合でバントヒットを打ちたい』という依頼がありました。
相談に乗った赤星選手は熱心に指導。自らの練習の合間を縫って、スタッフの方に様子をうかがうなど常に気にかけていました。挑戦は失敗に終わりましたが、ここまで頑張ったこの小学生の子に温かい言葉を送っていました。
また、鳥谷選手が結婚した際には、そのお祝いコメントに 「鳥谷はもう少し走塁に興味を持ってくれれば…」 とあえて厳しいコメントをしました。しかし、これはきっと保管し続けるであろう、結婚のお祝いコメントとして言うことで常に頭に入れてもらおうという赤星選手の心遣いでした。
自分は今まで”阪神タイガース”が好きなだけで、特にどの選手ということはなかったのですが、気が付けば赤星選手のファンになっていました。自分が初めてファンになった野球選手なのかもしれません。
今回の決意は正直寂しさが残りますが、本人の決断です。そういった気持ちは恐らく赤星選手本人が一番持っているのではないでしょうか?
小柄な選手でありながら、体を酷使してプロの世界で戦い続けた9年間―
それまであまりスカウトからも注目されなかった”長打の少ない、足の速さ”が魅力の選手としての大成功は他チームにも影響を与えたことでしょう。
期間こそ長いとは言えませんが、内容の濃い9年間だったと思います。
本当に9年間お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。m(__)m
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント