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怪獣タッグバトル

妻の許可を得てm(_ _)m)映画『ゴジラ×コング 新たなる帝国』を見てきました☆(公式サイトはコチラ



 ストーリーを…

ゴジラとコング、そしてメカゴジラによる死闘から数年後ー
ゴジラは ” 怪獣王 ” として地上で暮らし、他の怪獣達を監視・抑制、そして、コングは本来の住処である地下空洞に戻り、孤独に暮らしていた…

そんなある日、未確認生物特務機関:モナークは地下空洞から謎の波長の電波信号を感知。
奇妙なことに、そのシグナルは髑髏島の先住民:イーウィス族の少女・ジアの察知したものと同じだった…
更にそれに呼応するかのように地上での活動を始めるゴジラ

モナークの人類言語学者アイリーンらは調査のために地下空洞に乗り込むのだったー

 一方、地下空洞ではコングが新たな土地で探し求めた同族と巡り会う
しかし、彼らは突然コングを襲撃!!
パワーと知恵でそれを退けたコングはその中の1頭である幼体・ キングコングの梶原さん スーコを案内役に彼らの巣窟へと向かう

巣窟に到着したコングが目にしたのはー
奴隷として強制労働されている同族の類人猿たち…
そして…
それを恐怖によって支配するスカーキング!!

同族を救うために対峙するコングであったが、スカーキングに苦戦
更に追い打ちをかけるかのようにかつて地球に氷河期を引き起こした、冷気を操る怪獣シーモもスカーキングに加勢し、コングは更なる窮地へー

果たして彼らの運命は?ー

といった感じです(^^ゞ

 昨年、本家日本のゴジラが世界で大旋風を起こしました
その流れも受けて上映が開始されたアメリカ版のゴジラに自分も注目していました。
『ゴジラ-1.0』と同様にYouTubeで考察されている方の動画を見ながらね(^^)



 率直に感じたのは日本版との違いですね。
「ゴジラ-1.0」はどちらかというと ” ゴジラの世界 ” を舞台に人間側のドラマがしっかり描かれている印象でしたが、
コチラは逆に怪獣側のストーリーがメインで戦いのシーンを色濃く描かれている印象を受けました。
どちらがいいかは見る人の好みになると思います。
コチラはコチラで自分もしっかり楽しめました(^^)

「ゴジラ-1.0」…主演:人間
「ゴジラ×コング」…主演:コング、助演:ゴジラ

といった感じですかね?(^^ゞ

 バトルシーンも迫力がありましたね。
公開前に話題にもなりましたが、ゴジラの全力疾走のシーンなど、ただ迫力があるだけでなく、コミカルな要素も十分含まれていました。(^^)



 続編はどうなるのかな?
作り手の皆さんにとってはプレッシャーが凄いかと思いますが、期待したいですね(^^)

 日本伝統のゴジラにハリウッド映画の要素も上手くマッチした、そんな映画でした。
興味のある方は映画館へ是非どうぞ☆(^_^)/

公開前に噂のあった宇宙怪獣も見てみたいところではありますけどね(*^_^*)

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独り言集’24 5月

書き始めた本日はGW最終日ー
果たして今月はどうなるのか?
きっと忙しくなっていくんだろうな…(T_T)

と言うわけで今月の小ネタ集です☆(^_^)/

(5/1)

○オリエンタルラジオ藤森慎吾、結婚。

おめでとうございます☆
これからもチャラ男キャラは続けていくんでしょうね(^^ゞ
次回の脱力タイムスのゲストになっていることが気になる…(5/6現在)
しかも次回予告はスタジオではなかったしね。

→結婚は関係なかったですが、新しい試みでしたね(^^)
 ピー音で暴露する放送を未だに一部の方が嫌がってますが、自分なんかはそれを予想しながら見るのが好きなんですけどね(^^ゞ

○大リーグ・ハチの駆除員が急遽始球式へ

突如発生したハチを駆除してくれたことへの感謝を込めて…
大リーグのこういうところは好きですね(^^ゞ

(5/4)

○サッカー日本代表、U23アジア杯優勝

最後の最後に劇的な展開が待ってましたね(^^)
ただ、これは五輪への通過点に過ぎないので、メダルを目指して更に進化していってほしいです(^_^)/

(5/12)

○山下美月、乃木坂46卒業。

正直な思いを言うと、これからも ” 乃木坂のエース ” としての山下美月を見たかったという感情はあります。
ただ、もう彼女にとって「アイドル」や「乃木坂46」という枠組みは狭すぎたのかもしれませんね。
自分が乃木坂46を聞き始めた時に「映像研には手を出すな」で彼女を知り、グループにとって大切な節目のシングルではセンターを任され、緊急事態では急遽、齋藤飛鳥とWセンターで乗り越えたこともありました。
もうここまでで彼女がグループへの貢献は十分過ぎますね。
これから彼女が進む道も応援していきたいです(^_^)/

(5/14)

○佐藤輝明、2軍降格。

後半にサトテルの力が必要になる試合は必ずやってきます。
その時までに調子を上げてきてほしいです。

(5/15)

○ ” 浪速のモーツアルト ” キダタロー先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

子供ながらに数々の聞き覚えのあるテーマソングを作曲されたことに驚いたのを今でも覚えています。
また「最高顧問」として出演されていた『探偵ナイトスクープ』での鋭いコメントも好きでした。
やしきたかじんさんが歌手引退覚悟で出演したコンテストで審査委員長としてその才能を見いだし、他の審査員の反対を押し切って優勝者に選出し、後の活躍に繋がったというエピソードも好きです。

個人的には「モノマネ王座」の審査員の時に忘れられない我が家のエピソードがあって、
布施辰則さんが坂本九さんのマネで「明日があるさ」を歌われた時にウチの母親は「うまい」と感動したのに対して父親は「言うほど似てないわ」と反論…
我が家に嫌な空気が張り詰めたのですが…それを救ってくれたのがキダタロー先生のコメントでした。

「『明日があるさ』という曲はモノマネするのが非常に難しい曲で、しかもそれを坂本九でするとなると、メチャクチャ大変なんです。ここまでできたら大したもんですよ。」

「まあ、坂本九のモノマネは難しいわな」と父親が態度を軟化し、我が家は事なきを得ました(^^ゞ

まあ、率直に思いを言うと寂しいですね。
お悔やみ申し上げます。



(5/18)

○THE SECOND ガクテンソク優勝

おめでとうございます☆
以前から漫才のテクニックには定評があって、それが今の年齢に合ってきたような印象があります。
いつピークを迎えるかは人それぞれ違うので、こういう大会があるのはいいことだと思います(^^)
ザ・パンチは久しぶりに見ましたね。
もし全員1ネタだけで比べるなら彼らが優勝した可能性もありますが、
濃い味の料理を続けて食べるように3ネタ続けたらさすがに評価は上がらなかったですね。
ただ、この大会でしっかり顔を売った芸人さん達がこれから活躍してくのが楽しみです(^_^)/

(5/20)

○ロッチ中岡創一、結婚。

おめでとうございます☆
愛される方だと思うのでこれからどう変化してくか楽しみです(^^)

(5/21)

○何点取られようが1敗だけですからね(^^ゞ

そりゃ鷲尾ちゃんも記憶がないわけだ(*^_^*)

(5/22)

○中尾彬さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

自分が子供の頃に見ていたゴジラ映画によく出演されてました。
亡くなられてから色々な方がエピソードを語っていただいていますが、大御所ではありながら本当に若手の方にも接しておられた方なんだなと思います。
お悔やみ申し上げます。

(5/23)

○真島茂樹さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

「マツケンサンバⅡ」をはじめ、様々な楽曲の振り付け、そしてそのキャラクターで愛された方でしたね。
お悔やみ申し上げます。



○詳しく書きたくないのですが…

配信している人は炎上して有名になることを目的にしているので、それに協力したくありません。
ただ、ファンの怒りはどこまでも残っています。
今の世の中は何でも書いた者勝ちになってしまいましたね。
週刊誌をはじめとして「真実だと信じてしまいました」といえば許されてしまいますが、いい加減どうにかしてほしいです。
あとどんなひどい表現を使っても「報道の自由」を主張して許されようとします。
バラエティーをはじめ、厳しいコンプライアンスが決められた時代なのに…
本当に一部の方によって生きづらい時代になりましたね。

配信への完全否定もしていますし、これ以上相手にする必要はないでしょう。
大切なのは誰の言うことなら信じられるかだと思います。
名前も顔も知らない配信者や無意識で無責任に拡散している人の意見よりもアノ人の意見の方が自分は言うまでも無く信用できます。
早くこんな世の中を改善してほしいです。

(5/24)

○甲子園で何かあったような気がしたけど…

鷲尾ちゃん同様、記憶がないんですよね(・_・)

○三ちゃん、「めちゃイケ」の裏側告白。

正直、見出しだけで記事を読んでいないです。
「めちゃイケ」をクビになった理由は、当時の三ちゃんの態度の悪さが徐々に明るみに出てきたからだったと思います。
企画を投げ出したり、ADに自分の靴紐を結ばせるなど下に見る行動が出てきたりしていたことは後に出演者から告白されています。
最終的に芸人になったときに同じプロのお笑い芸人も志半ばで引退していった仲間と比べて苦言を呈されてネタ披露後の視聴者投票でクビになりました。
今更被害者みたいに話すのはどうなんでしょうね?!

(5/26)

○大の里、史上最速優勝

おめでとうございます☆
地元・石川への思いを持っての初優勝でしたね。
今の角界は本当に戦国時代になってます。
ここから誰が時代を作るのか楽しみです(^_^)/

○松井稼頭央監督、休養。

昨年の就任から色々と誤算続きでしたね。
いや~、寂しいです。

正直、この結果の大きな原因になった、昨年プライベートのトラブルで出場停止になり、
明けたらすぐにFAで他球団に移籍していった、アノ選手がどう責任を感じているのかが気になります。
また、報道が正しいなら人的補償による移籍を拒否した選手や、” 人的補償が悪 ” というような論調に持って行こうとしたアノ球団の気持ちも聞きたいですね。

監督代行は渡辺GM。
2008年の日本一は自分も見ていて興奮しましたし、渡辺GMの著書「寛容力」は自分も読んでいて指導の参考にさせていただいています。
ここからチームをどう立て直すのか楽しみではあります。
願わくば、立て直した後でいつかまた松井稼頭央監督を見てみたいと思います。
上り調子のチームに勢いを乗せるタイプの監督かもしれないんでね(^^ゞ

(5/28)

○今くるよ師匠のご冥福を心よりお祈りいたします。

今いくよくるよ師匠の漫才は、自分はどちらかというと中川家のモノマネと一緒に見ることが多かったです。
いくよ師匠が亡くなられた後も一緒にコラボされていましたしね。
あと、後輩芸人にあだ名をつけて可愛がるなど後輩からも慕われる方だったと思います。
お悔やみ申し上げます。

【近況報告】

暑いね…(^^ゞ
そんな中で子育ては大変だ…
たまに休みで1日家にいても…まあ、こっちの思い通りには動いてくれないですね(^^ゞ
ただ、ずっと育休で家に居る奥さんの方が大変なのは分かっているので、感謝の気持ちは忘れずにいるつもりです。m(_ _)m
自分たちが新生児の頃も両親は色々と苦労しながら動かれてたんだなということに今更ながら実感しています。(*^_^*)
「赤ちゃんは泣くのが仕事」なので、なるべく焦りすぎずにやっていきたいです。

テレビで「子持ち様」という言葉が話題になっていました。
今はお願いする立場になったので、ご理解をお願いするしかないです。
ただ、自分が独身の頃は焦ることはありましたけど、子供に罪はないので仕方ないという思いは忘れずに動いていました。
主張する人は自分の子供が熱を出しても帰らないんでしょうか?
自分じゃなくてもその人の子供が親になった時に「孫が熱を出しても職場の迷惑だから帰るな」と言うのでしょうか?
 例えば路線バスや電車に乗っていて赤ちゃんが泣き出した時に周りで「うるさいから降りろ」と言う人がいたら、ほとんどの人はその人に苦言を呈すると思います。
こういう人と「子持ち様」を言う人は何が違うのでしょうか?
どちらも少数派の人だと思いますが、メディアに取り上げられることで影響力が変わります。
メディアにはもう「自分たちは弱者だ」などという間違った認識をいい加減にやめてほしいです。
なんでもかんでもネットに書き込む人がいますが、その後の影響も考えてほしいなと思います。

 話はそれましたが…
とりあえず息子は寝返りまでできるようになったので、これからの成長も楽しみに過ごしていきたいです\(^_^)/

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ラジオ出演

なんだかんだで1週間分は更新できました(*^_^*)
まあ、日付は結構イジりましたけどね(^^ゞ

 GWの最後はこの期間の一番の思い出からー

実は…
この度…

ラジオに出演させていただきました。(^_^)/

 とりあえずきっかけからお話ししますと…

自分が学生の頃に聞いていた番組を担当されていたアナウンサーの方がおられまして、
息子が生まれた時に現在されている番組(コチラ )宛てに報告のメールを送りました。
そのメールがきっかけでスタッフの方から、朝の帯番組「天神ワイド 朝のコーナーで赤ちゃんの様子をインタビューしてもらう「こんにちは赤ちゃん」という5分ほどのコーナーでの電話インタビューのお誘いをいただきました。

正直、自分自身のトーク能力についての自覚があるので、どうしようかと悩みましたが…
奥さんとも相談してせっかくの機会なので出演させていただくことにしましたm(_ _)m

出演日程が決まると番組スタッフの方から電話で打合せを2回ほど行っていただきました
自分も昔のことを思い出すために息子が生まれてからの写真を見直したり、出産前に参加した親子教室の資料を見たりして色々とあの頃を思い出し、懐かしく感じました。

打合せでも丁寧に様子を聞いていただき、また、こちらの要望もきちんと聞いていただきました

 そんなこんなで月日が経ち、
大きな緊張感の中、本番当日を迎えましたー

朝から落ち着かずに家中を歩き回る父親…
それを尻目にいつも通り元気いっぱいの息子…

そして遂に一本の電話が
いよいよ出演時間となりました。(^^ゞ

今回、インタビューを担当していただいたのはRSKの国司憲一郎アナウンサー
以前は夕方の帯番組をメインで担当されていた時期もあるベテランアナウンサーです。
例えるなら1軍初登板の投手に対して経験豊富なベテラン捕手がサインを出してくれるようなものでしょうか?
ラジオ初挑戦の自分にとっては心強すぎる方です(*^_^*)

 事前の打ち合わせ内容を基にインタビューが始まり、国司アナにうまくリードしていただきながら会話が続きます

…それにしても…
後から聞き返してみたら、緊張からか「まあ」とか「そうですね」が多い…(T_T)

自分がいつも何気なく聞かせていただいているパーソナリティーの方々って本当にすごいですね(^^ゞ
5分程度でしたが、実際に出演してその凄さを実感しました。
どうか皆さん悪口は言わないようにしていきましょうm(_ _)m

 その後も我が家は大きな緊張感に包まれながら続くインタビュー…
そんな自分を見かねてか、
電話の後ろから息子の笑い声がー


国司アナがそれを見逃すわけはなく、上手く拾っていただきます。

「あっ、もしかして今の笑い声は息子さんですか?」

「えぇ。今は機嫌の良い方の声ですね(^^)」





父親が40年かけてようやく出演できたラジオに、息子は生まれて3ヶ月で出演できました。(*^_^*)

 終始、上手くリードしていただきながらインタビューは終了
子供の頃からラジオをずっと聞いていた自分はもちろんのこと、息子にとっても大きな思い出になる出来事でした。

こういう機会を与えていただいたスタッフの方には感謝します。
本当にありがとうございました。

 そのラジオで触れたことですけど、息子が生まれてから生徒を見る目が少し変わったような気がします
叱ることはもちろんありますけど、普段の生活で「息子のような赤ん坊の頃から考えると立派に成長してきているんだ」と感じることが多くなりました。

 連休が終わり、学校も再開します。
これからもしっかりと成長を見守っていきましょうか?!(^_^)/



※せっかくなので高校時代にラジオでよく聞いていた曲
『 I Want It That Way 』( Backstreet Boys )

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百折不撓の人生

2024年4月ー
元横綱・曙太郎さんが亡くなられました。

自分が子供の頃、若貴のライバルとして活躍し、憎らしいほど強かった横綱でした。

ハワイ出身の曙さんは師匠である東関親方にスカウトされて角界入り
その際に母親から猛反対されるも押し切っての来日でした。

同期入門は貴乃花、若乃花、魁皇… と後に時代を作る面々であり、『花の六三組』とまで言われました。

初めこそ慣れない相撲に苦戦するも、2mを超える体格を活かした長いリーチからの強烈な突き押しを武器に番付を駆け上がり、
1993年には外国出身力士として史上初の横綱に昇進します。

横綱昇進後、角界のトップの地位に恥じない強すぎる横綱として勝ち星を積み重ねていきました。
自分も ” 若貴フィーバー ” の当時、曙関は若貴にとって「高すぎる壁」となるライバルとして憎たらしいほどの強さに嫌な感情を持っていました。
ただ、たまにドキュメンタリー番組で地方巡業に密着取材を受けている際に見せる優しい素顔にはほっこりしていました(^^ゞ

曙関を倒すべく、貴乃花・若乃花・武蔵丸と続々と力をつけた力士が横綱に昇進
そんな中でも毎場所優勝争いに関わる活躍で1998年には体調不良の貴乃花関に変わり、長野五輪の開会式で土俵入りを披露
角界全体が盛り上がりを見せていきました。

 しかし、その巨体を支える両膝が悲鳴を上げた曙関は欠場が増え、優勝争いからも遠ざかる日々…
そんな中でも2000年には19場所ぶりの優勝を達成。

ですが…満身創痍の曙関の気持ちはここから再び土俵に向かうことはありませんでした…
優勝した場所の翌場所を全休ー
その場所で貴乃花関の ” 世紀を超えた復活優勝 ” を見届けて現役引退を発表されました

 曙関の相撲人生と切っても切れないのは、やはり若貴兄弟との対戦です。

同期入門として初土俵から数多くの名勝負がありました。

若乃花関とは取り組み前で土俵上ににらみ合う姿も何度も見ました。
また、曙関が優勝した場所でも千秋楽で貴乃花関に敗れて悔しそうにインタビューに答える姿もありました。

若乃花関が引退された際には一番印象に残る取り組みとして、「曙のふところに入り込んで豪快に投げ飛ばした一番」
そして、曙関が引退された際の同様の質問には
「初めて貴花田(当時)と戦った一番」を挙げられました。

それほどまでに互いを意識し合い、頂点を目指したライバル関係でしたね。

 ただ、自分が曙関の取り組みで一番印象に残っているのは、
若貴との対戦ではありません

1993年11月場所ー
ハワイ出身力士の大先輩であり、「雲の上の人」とも称し、
尊敬していた大関・小錦関
前の場所を負け越してしまい、大関に留まるためにはもう1敗もできなくなった状況で、運命のイタズラ対戦相手になったのは曙関でした。

「正直言って休場したかった」ー

後日のインタビューでそう応えていた曙関でしたが、大先輩に手を抜くのは失礼だと全力で相撲を取り、結果は曙関の勝利
この一番で大関陥落が決まった小錦関に対して曙関はせめてもの感謝を表すために一礼
大先輩に引導を渡すことになってしまったこの一番の翌日、曙関は小錦関に謝罪をしましたが

「これから相撲界を支えるお前が俺に勝てないでどうする」ー

と逆に小錦関に叱責されたそうです。

先輩からのバトンを受け取った曙関はこの後も優勝を重ね、大関陥落となった小錦関はこの後も我武者羅に戦う姿が多くのファンに力を与えてくれました

 また、大相撲を引退された後の曙関は総合格闘技に挑戦
2003年大晦日のボブサップとの対決視聴率で紅白歌合戦を上回り、大きな話題に
しかし、元々の優しい性格が災いしてか格闘技では成果を残すことはなく、プロレスに参入。

 そんな中でTBSの「クイズ☆タレント名鑑」で行われた、有名格闘家を集めて相撲トーナメントを行う「ガチ相撲」という企画に参戦。

入場の際に「第64代横綱・曙太郎~~!!」と実況にアナウンスされた時のワクワク感は忘れません。

横綱ということでトーナメントは決勝までのシードとなりました。
司会のロンブー田村淳さんからも「子供の頃に見ていた強い曙さんを是非見たいです。」とエールを送られ、
迎えた決勝戦はトーナメントを勝ち上がった、プロレスの中西学さんと対戦…

開始直後の張り手で相手を吹き飛ばし、トーナメントの勝者を寄せ付けずに押し出しで圧倒的な勝利

全盛期の曙関を思い出して嬉しかったですね(^^ゞ

その後も何度か「ガチ相撲」の企画はありましたが、ケガ等もあり、出場を辞退
ですが、そのトーナメントを制した、K1のアリスター・オーフレイム元関脇・若麒麟の鈴川真一さん

「次は曙と戦いたいです」と闘志を燃やしていました。

もし、曙さんが健在だったらどんな戦いになっていたかー

今でもそれを考えてしまいます。

 今回の訃報に際し、本当にたくさんの方がコメントを寄せられています
当時、切磋琢磨していたライバルだけでなく、
朝青龍関など、しっかりと面倒を見ていた後輩達
そして、故郷・ハワイのメディアIOC公式サイトでも追悼されていました。

現役当時は「若貴兄弟」というヒーローに対抗するヒール役として扱われることが多かったですが、
強さと共に持って生まれた優しさにはみんな気づいています。
強くて優しい、「若貴兄弟」の最強のライバルでした。

曙太郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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MANGAの先駆者

2024年3月1日ー
漫画家・鳥山明先生が亡くなられました。

子供の頃から今でも鳥山先生の作品にはたくさん楽しませていただいております

 自分が小学生の頃、父親が少年ジャンプを購読しており、自分も興味を持って読もうとしましたが、当時は連載作品をほとんど知りませんでした…。
そんな中、唯一知っていたのが「ドラゴンボール」でした。
ちょうどナメック星でフリーザと戦う話で、自分にとっては生まれて初めて読んだマンガだったと思います
友人よりもいち早く「悟空がスーパーサイヤ人になる」ことを知って自慢げに話していたのを今でも覚えています。

ドラゴンボールごっこで「カメハメ波」のマネなんて何度やったか覚えていません。
それは小学校の音楽の授業で「南の島のハメハメハ大王」を歌う時もです。(^^ゞ

今まで数多くのマンガを読んできましたが、「ドラゴンボール」の話の流れはほぼ覚えています
それほどまでに「孫悟空」は自分の世代にとってはスーパーヒーローでした。

 悟空だけではなくて他のキャラクターも魅力的でした。
悟空と共に修行して実は地球人最強のクリリンは自分も好きなキャラクターです。

また自分も年齢を重ねてMr.サタンの凄さを実感するようになりました
最初は格闘技の世界王者でありながら何も知らずにセルゲームに参加したギャグキャラかと思いましたが、
魔人ブウ編での敵ではなく友となることで誰も止められなかった魔人ブウの破壊活動を止めた姿は自分の印象に残っています。
最後もサタンがいなかったら元気玉が完成しなかったですしね(^^ゞ

 あとベジータのキャラクターには個人的に思い出がありまして…
高校の時の体育祭の仮装行列で自分のクラスは「バッドマン」をすることになりました。
係で集まって「バッドマン」のストーリーを考える事になったのですが、
あまり自分は詳しくなかったので知ってる友人に聞きました

「 ” キャットウーマン ” って敵?味方?」

「敵だけどバッドマンを助けてる。」





「『ドラゴンボール』のキャラクターで例えると ” ベジータ ” ?」

今でもこの例えを自画自賛しています。m(_ _)m

 また自分が働き出してからもドラゴンボールの凄さを実感しています
10歳ほど年下の教え子もドラゴンボールのことを詳しく知っており、最近では海外から来た留学生も詳しい子がいます。

一昔前では 「 マンガを読んでいたら頭が悪くなる 」 なんて風潮もあったかと思いますが、
今では ” 世界に誇る日本の文化 ” です。
そうなった草分け的存在が鳥山明先生だったのではないでしょうか?

鳥山先生が世界レベルの文化にしていただいたマンガは今では更に発展し、たくさんの後輩の手により世界中で数多くの読者を楽しませてくれています。
自分が子供の頃に夢中になったようにこれからもたくさんの子供達が ” 日本のマンガ ” に夢中になっていくことでしょう

 鳥山先生の作品との思い出は自分も語り尽くせません
実際、今回の記事も書き始めてからどんどん思い出してこんな長さになりました。
正直、「Dr.スランプ アラレちゃん」の話も書きたかったのですが…今回は控えておきます。m(_ _)m

鳥山明先生、ありがとうございました。
先生の作品の魂はいつまでも自分たちの心の中で生き続けます。

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植物分類学者の道のり~コウチの休日③「らんまんじゃ…」~

(あらすじ)
「らんまん」を見終え、友人の結婚式で高知を訪れた自分は、その翌日にこの旅のもう一つの目的地へと向かうのであった…

この旅のもう一つの目的地…
それはこちらです☆

Dsc_0033

高知県立牧野植物園

「らんまん」の主人公・槇野万太郎のモデルとなった、” 日本の植物分類学の父 ” 牧野富太郎先生の功績を称え、ゆかりのある植物が数多く展示されています。

前日に「らんまん」最終回を見たので、せっかくなので行ってみました(^^ゞ

高知駅から職員の方に教えていただいたMY遊バスに乗り、植物園に向かいます。
乗車券で路面電車も利用することができ、お得に移動させていただきました。m(_ _)m

 園内にはドラマにも出てきた植物をはじめ、約3000種類もの草花が美しい姿を見せてくれました

 



 



中には牧野博士が発見し、最愛の妻の名前をつけた「スエコザサ」もー



ドラマでは万太郎が重い病のかかった妻・寿恵子に見せるために仲間と協力して完成した植物図鑑「槇野 日本植物図鑑」の最後を飾った植物です。
史実とは異なる展開ではありましたが、楽しみながらドラマを見た人間でここに異論を唱える人はいないと思います。
今その場面を思い出しただけでも泣きそうです(T_T)

 また、自分が個人的に印象に残っているのは昭和天皇陛下の歌碑です。

 

牧野富太郎博士は生前、昭和天皇陛下に植物学のご進講をされました
その関係もあり、牧野博士の没後、初めて牧野植物園にご来園された際にその印象をうたわれたそうです。

さまざまの 草木をみつつ あゆみきて
 牧野の銅像の 前に立ちたり

植物園の広さや数多くの草花が咲き誇っている雄大さを詠んだだけではなく、
植物に興味を持って様々な草花を見てきたけど、ここまで来てようやく牧野博士の業績の偉大さを実感することができたー

そんな思いを詠まれた歌のように自分は感じました。



自分も正直、しっかり見たら1日では回りきれないなと思いました。
実際、今回の記事に貼った写真も自分が撮った写真の全部ではないですからね。
でも、この植物園にあるのは牧野博士が一生をかけて情熱を注いだ植物のほんの一部にすぎないんですね
今回訪れたことで自分も牧野博士の偉大さと、それを支え続けた妻・寿恵子さんの凄さを改めて感じました。

また、植物園には植物以外にも牧野博士の功績を称えた記念館蔵書庫、そして、前日に感動の大団円を迎えた「らんまん」メンバーのサインも展示されていました。
朝ドラがなければ自分は、牧野富太郎博士の功績も知らず、植物園を訪れることもなかったと思います。
それを教えてくれた、「らんまん」という素敵なドラマに感謝します。



その後もひろめ市場、高知城などを訪れた自分は小学校以来、約30年ぶりの高知旅行を終えました。

朝ドラから続いた ” 高知三昧 ” の2日間…
高知を堪能すると共に、牧野夫妻に触れて奥さんを大切にしようとそっと心に誓った2日間でもありました(^^ゞ
次は家族旅行で行きたいですね(^_^)/



以上、史上初・カテゴリーをまたいだ長編シリーズでしたm(_ _)m

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等身大のラブソング ~コウチの休日②「100万回の愛してるなんかよりも…」~

(前回のあらすじ)
2023年9月30日…朝ドラ「らんまん」の最終回を見終えた自分は野暮用があって高知へ向かうのであったー

Dsc_0008

 と言うわけで…

友人の結婚式に行って参りました☆

どうも…

” 大人の階段20段目☆ ” クニです(^^ゞ
※結婚してもこの一言ネタは続けます(^^)

 高知県在住の大学時代の同級生が結婚するということで行って参りました(*^_^*)
学生時代から同期のまとめ役で年末の忘年会にもよく参加してくれる友人です。
ムードメーカーでもあり、いつも盛り上げてくれて助かっています(^^ゞ

仕事も自分と同じ教員をしていて、その話で盛り上がることもありました。
学生時代に一緒に面接練習をしたこともあります(*^_^*)

 そんな彼が地元で挙式するということで参加しました。

式には久しぶりに会う同級生も数多く参加
コロナ禍ではなかなか会えず、久しぶりの再会も楽しみました
コロナが収まって、これからこういう機会も増やしていきたいですね(^^)

今回の結婚式は ” 人前結婚式 ” 
仲間を大切に思う新郎らしい選択だと全員が思いました。

 正直なところ、式の出席者は思っていたよりも少人数でした。
事前に友人から 「高知の結婚式は盛大にお祝いする」 という傾向があると聞いていたのですが、
ちょっとコンパクトな形にしているのかな~と思っていたら…

披露宴になると…





一気に出席者が増えました☆(*^_^*)

おそらく今まで自分が参加した披露宴の中で一番多かった気がします(^^ゞ

さながら ” 大宴会 ” のような披露宴は終始、大盛り上がりー

友人が大学時代から変わらずにたくさんの仲間から愛されている姿が見られて嬉しかったです☆(*^_^*)

 大学を卒業して働いている場所こそ違えど、これからも一緒に切磋琢磨しながらやっていきたいです!

結婚おめでとう☆
末永く幸せにー(^_^)/



 そして…
友人達との久しぶりの楽しいひとときを終えた自分は、
翌日、この旅のもう一つの目的地へと向かうのであったー

(つづく)

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