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燃えろ秀太、根性だ!

阪神タイガースの秀太(田中 秀太)選手が今季限りで引退する事になりました。

94年にドラフト3位で阪神に入団。背番号は、憧れの和田選手(現打撃コーチ)の『6』にちなんで『60』を選びました

それ以来、今まで生え抜きでは桧山選手に次ぐ、15年間、阪神一筋で主に”守備固め””代走””ムードメーカー”として活躍してきました。

 秀太選手を語る上で外せないのは、やはり野村監督との出会いです。

阪神監督時代、その足と安定した守備力を買われ、レギュラーに定着した秀太選手。

”野村監督の秘蔵っ子”とも言われていました。

2001年に野村監督は当時ルーキーだった赤星選手や藤本選手など、足の速い7人の選手を 『F1セブン』 と名付けて、機動力で勝負しようとしました。(ちなみに秀太選手は「入れ忘れた」そうです。(^^ゞ)もしかしたら、秀太選手の活躍を基に考えたのかもしれません。

 2003年、登録名を『秀太』、背番号をあの亀山選手の付けていた『00』に変更し、星野監督の下、全試合ベンチ入りをし、18年ぶりのリーグ優勝に貢献します。

しかし、翌年からは出場機会も激減。そして、背水の陣で臨んだ今季限りでの引退を決意します

 個人的に覚えているのは、2002年の甲子園での巨人戦

試合前、マジック1とした巨人はヤクルトが敗れ、試合途中でリーグ優勝が決まりました

しかし、”この試合だけは落とすまい!” という思いでチーム一丸となって巨人に食らい付き、9回裏、浜中選手のホームランでついに同点に追いつきます

そして迎えた延長12回裏チャンスで回ってきた秀太選手は、きわどい球を見事に見極め、フォアボールで次のバッターにつなぎ、地味な仕事ながらもチームのサヨナラ勝ちに貢献しました。

 チームを陰で支えたその姿若手の模範にもなり、”記録よりもファンの記憶に残る”選手でした

長い間、本当にお疲れ様でした。m(__)m

第2の人生、頑張って下さい(^_^)/~

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