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名参謀

阪神の島野育夫前コーチが胃がんの為、亡くなられました

あんまりコアな人の事を書くのはどうかとも思うのですが、まあ、書かせて下さい。

 島野コーチは2002年、阪神の監督に就任した、星野監督の強い要請を受け、中日の二軍監督を断り、阪神のヘッドコーチに就任されます

星野監督が就任する際の条件として、”田渕コーチの招聘”を要求した事は有名な話ですが、実はもう一つ、”島野コーチの招聘”も阪神に要請しておりました。

「俺の考えは島野の考え」というほど、星野監督が全幅の信頼を置いていた人物だったのです。

 そして、2003年星野監督とともに阪神を18年ぶりのリーグ優勝へと導いてくれました。

この時の胴上げでは、亡くなられた星野監督の奥様の遺影を持ち、参加するという憎い演出をしてくれました。

 その後、一度はフロントへと退きますが、2005年、再び現場に復帰し、岡田監督を支え、見事に阪神をリーグ優勝へと導きます

 そして、二軍監督に就任し、若手を育てるのですが、体調の悪化により交代

今シーズン、チームの不調時には、オーナーが 「島野がいてくれれば…」 というほど、チームからも信頼を置かれている存在でした。

 シーズンオフに、新聞で「木戸コーチが鬼軍曹を受け継ぐ」といったような記事を見つけ、次の方々にバトンを渡したように感じた矢先に、今回帰らぬ人になってしまいました。

 阪神時代の事を書きましたが、中日時代も星野監督の名参謀として、裏から支えた人物でした。監督時代に自分を支えてくれた”名参謀”の為にも、北京五輪、星野監督には是非とも金メダルを取っていただきたいと思います

長い間、本当にお疲れ様でした。

ご冥福を心からお祈りいたします。

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